Mie Hayamizu photography

写真 と 造形研究ノート 
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北欧サミの暮らしと工芸

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※ポスターのデザインが素敵だったので掲載させていただきました。

7月の北方民族博物館のロビー展、楽しみだなあ。

北欧雑貨好きな人はご存知のシラカバのこぶで作られたカップ
ククサはサーミの伝統工芸品です。

日本人は、なぜ北欧のデザインに惹かれるのでしょうね?
ブームになるくらいなので惹きつけるものがあるのは確かなのでしょうが
明確な理由は、わたくしにはわかりません。
わかりませんが、北欧の雑貨は大好きですよ。

こちらの特別展「北欧サミの暮らしと工芸」に関連して
結城伸子さんのワークショップがあるんですよね。

倉敷意匠でウニの骨の針刺しを知って以来、結城伸子さんの作品が好きでして、
その後、北方民族博物館のワークショップで講師をされている方だと知りました。
ワークショップも行ってみたいので北方民博のサイトを
こまめにチェックしているんですが、今回は検診と重なるので無理でした。残念。
【追記】ポスターデザインと写真も結城さんのものなのだそうです。素敵だ。

とにかく7月が待ち遠しいです。

アイヌ刺繍

長万部町のシャクシャインロード事業
巨大パッチワーク慰霊旗に使う
アイヌ刺繍いりのピース(木綿布)を作りました。

シャクシャインの戦いとは1669年に蝦夷地で起きた
アイヌの松前藩に対する乱のことです。
アイヌの首長シャクシャインは
戦いの後に和睦を受け入れたのですが、
だまし討ちにあい暗殺されてしまいました。
だまし討ちをしたのが和人です・・・複雑な気持ち。

例えば、北見アイヌと斜里アイヌのように
アイヌ同士にも戦いはあったそうですが、
他民族の文化や生活を奪うのとは別の話ですよね。

そんな北海道で、いま暮しているからこそ
何か少しでもアイヌ民族の文化復興と
名誉回復のお手伝いが出来たらと思い参加することにしました。

ピースに施したアイヌ文様はそれなりに縫えたんですけれど、
名前と年月日が“小学生はじめての刺繍”みたいな仕上がりで
提出するのやめようかなー・・・って一瞬よぎりました。
へたっぴですけど、ちゃんと出しますよ。

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なぜか生地の地模様が汚れのように映ってしまったわ

新ひだか(静内)のシャクシャイン記念館は
これまでに2度見学しています。

サロメ

まったりと趣味の読書をしてました。

子どもの頃から、どこか切ない話が好きです。
アンデルセン『人魚姫』、オー・ヘンリー『最後の一葉』『賢者の贈り物』、
そして、オスカー・ワイルドの『幸福な王子』は繰り返し読みました。

本日の本はオスカー・ワイルドの戯曲『サロメ』。
こちらは切ない系の話ではありません。
生首がでてきます。

現在、画家のギュスターヴ・モローが描いたサロメ展示が
パナソニック汐留美術館で開催されていて
見たいなあと思いながら時間に追われる日々だったもので
じゃあ本を読んでみようかと。

海外の本を読むときは訳によって世界感が変わってしまうので
誰が翻訳した本が好まれているのか検索をしてみますと、
福田恆存さんが翻訳し岩波文庫で出版された『サロメ』が良さそうでした。
わたしは文章の良さで検索をしたんですが、実際手に取ってみると
原作と同じくオーブリー・ ビアズリーの挿絵が使われており
原作と同じく友人(実際は同性の恋人)に捧ぐ扉の文言も入っており
もちろん翻訳された言葉のリズムや美しさにも満足できました。

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もう一冊、平野 啓一郎さんが翻訳した『サロメ』も読んでみました。
個人的に翻訳は福田恆存さんのほうが好みでしたが、
こちらは、現代的な言葉を使っていますので読みやすくなっていますし、
オスカー・ワイルドの生い立ちや恋人のこと挿絵についての解説もあって
こちらはこちらで、読んで良かったです。

聖書が元となった戯曲ですので、ヨカナーン(洗礼者ヨハネ)が
イエスの出現を預言しているセリフなどが出てきます。
モローの絵に関する美術評論を読んでいたので
物語のざっくりとした内容はわかっていたのですが、
オスカー・ワイルドの描くサロメ像は
少女の無垢さと残酷さがありありと溢れておりました。
かわいさあまって憎さ百倍とは・・・こわわい。

モローが書いた複数のサロメのなかでは
ルーヴル美術館にある《出現》(1876年)が
オスカー・ワイルドのサロメで描かれている
妖艶な処女の印象に近いかなと個人的には思いました。
《刺青のサロメ》になると神秘性が凄すぎてシャーマンみたい。

2019.06.08 Note デルス・ウザーラ

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北方民族について調べている時に、
中国東北部のロシアとの国境沿いに居住するゴルド人(現・ナーナイ)の
デルス・ウザーラが主人公となった本や絵本があることを知りました。
また黒澤明が監督した映画も在り、モスクワ国際映画祭大賞
1975年 アカデミー賞 外国語映画賞を受賞しています。

写真左にあります絵本の原画は
ロシア人の画家ヴァウリーシンの作品で、
動植物の描写が大変に美しくあります。

ウラディーミル・アルセーニエフ著『デルス・ウザラ』の初版本は
いまから96年前の1923年に発行されました。
約100年前に書かれた本が読み継がれてきたのですね。

著者のアルセーニエフはロシアの探検家で
物語の中でデルス・ウザーラと共に旅をする人物です。
植物や民族の研究者としても有能で、文才にも秀でていました。
1910から1919年、1924から1925年まで荒廃していた
ハバロフスク郷土誌博物館長を務め、博物館を立て直しました。
1921年から1924年までウラジオストク博物館の民族学部長を務めました。

ウラジオストクにある国立アルセーニエフ博物館の名にもなっています。
アルセーニエフ博物館は、
1884年にアムール地方研究会の博物館として創立されたそうです。
私はこの博物館に行ってみたい。

さて、物語なのですが、、、
結末まで書いてしまうと面白くないと思いますので
ざっくりとしたあらすじだけ紹介させて頂きますね。

1900年から約10年間にわたる出来事が書かれています。
当時、未開の地であったタイガ(針葉樹林)地帯を調べるように
政府から命を受けたアルセーニエフ率いる探検隊だったのですが、
あまりにも厳しい環境に打ちのめされそうになります。

そこで出会ったのがゴルド人(現・ナーナイ)の猟師デルス・ウザーラでした。
デルスは森の動物や星々に人間と同じように語りかけ
彼らの言葉を聴き会話をするのです。

自然に敬意を払い自然と共に生きている彼の経験と
自然から感じとる予知能力と判断力のおかげで
探検隊は想像を絶する厳しい環境のなかで起こる様々な危機を
無事に乗り越えることができたのでした。

ここから、アルセーニエフとデルスに親しい交流が生まれていきます。

その後の物語は、、、是非ご自分で読んで感じ取ってみてください。

自然への敬意を忘れかけている
現代社会へのメッセージが込められた1冊でした。


上にご紹介させていただいたインスタグラムは
写真家のアレクサンダー・キムシン氏が撮影した
シベリアの少数民族の写真をスライドショーにしたものです。
ナーナイ人の写真も納められています。
美しいですし、大変貴重な資料です。

【参考サイト】

Alexander Khimushin THE WORLD IN FACES
(https://www.khimushin.com/the-world-in-faces/)

ウラジオ発 観光スポット 国立アルセーニエフ博物館

【参考文献】

北海道北方博物館交流協会 編,加藤九祚 監修
『20世紀 夜明けの沿海州 デルス・ウザーラの時代と日露のパイオニアたち』
2000.04 北海道新聞社

ヴラジーミル・クラーヴジエヴィチ アルセーニエフ
『森の人 デルス・ウザラー』2006,05,01 群像社

2013年 旭川市博物館開館20周年記念事業 第70回企画展
「プリモーリエ(ロシア沿海州)の森 デルス・ウザーラ絵物語展」
パンフレット

【参考資料】

黒澤明監督 「デルス・ウザーラ」DVD

#デルス・ウザーラ #ナーナイ

2019.06.07 Note 網走橋

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 写真は網走市内にかかる橋の中で一番港に近い網走橋です。

公益社団法人 土木学会のサイトによりますと、
昭和9(1934)年に竣工され80年以上に渡り国道橋として活躍する
北海道内現存最古のゲルバー鈑桁橋とのことでした。
網走支庁管内初の永久橋でもあります。

国土交通省水管理・国土保全局のサイトによりますと
網走川流域では、大正11(1922)年8月洪水等の被害を受け、
昭和9(1934)年から治水事業が本格的に行われてきたとありますので
網走橋の架け替えも事業のひとつだったのでしょうか。

この橋の造形の美しさは理解できても
構造については、さっぱりわからない世界であります。

まずは、鈑桁 (ばんげた)とは何かを調べます。
大手鉄道車両メーカー日本車輌製造のサイト内にある橋の用語集が
写真も掲載されており一番わかりやすかったです。
“アルファベットの”I”の字形に鉄板を組んで、これを主桁とする橋”
を指すのだそうです。 勉強になりました。

コトバンクで「ゲルバー鈑桁橋」を調べましたところ、
“連続梁の支点間に適当にヒンジ(継ぎ目)を入れて、安定した構造とした橋。
地盤沈下などによる荷重を全体に及ぼさないので地盤の弱い場所に有効。
ドイツ人ゲルバー(J. G. H. Gerber)の考案による。
カンチレバー橋ともいう。”のだです。

言葉だけではわかりにくいですが、
コトバンク内に表示している図解を見て理解ができました。

橋を考案したハインリッヒ・ゲルバー
Johann Gottfried Heinrich Gerber(1832―1912)の作で有名なのは、
イギリス・スコットランドのエディンバラ近郊のフォース湾に架かる鉄道橋で
2015年に世界遺産に登録されたフォース橋(フォースきょう、Forth Bridge)です。
建築物好きにはたまらない構造をしております。

写真の赤い橋のたもとは、
エコーセンターと呼ばれる生涯学習センター(北海道網走市北2条西3丁目)の
敷地から見ることが出来ます。 

網走橋って人間に例えると85歳、もうすぐ米寿なんですね。
いつも安全に渡らせてくれて、どうもありがとうございます。

【参考サイト】

公益社団法人 土木学会 公式サイト
土木学会 選奨土木遺産サイト 網走橋
国土交通省水管理・国土保全局 日本の川
日本車輌製造公式サイト 橋の用語集

【参考文献】

国土交通省 北海道開発局
「網走川の治水事業の経過治水計画のはじまり<明治~大正~昭和初期>」

三浦基弘, 前田研一 「フォース鉄道橋の隠された歴史 片持梁と渡辺嘉一」 
土木史研究 講演集Vo.24 2004年 土木学会

【訪れた場所】

網走橋 北海道網走市北1条東1丁目

♯網走 ♯網走橋 ♯北海道内現存最古

木彫りの熊の民芸品

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本日の写真はロシア・ウリチ地区のボゴロツコエ村から
我が家にやってきた木彫りの熊の民芸品です。
いまの北海道民芸品のようでもあるし、
北方民族の考古遺物にもありそうだなあと思う。
素朴で、とても可愛いです。

わたしはロシア雑貨を扱う個人店から買いましたが、
2018年にはBEAMS JAPANでも扱っていたようです。現在は不明。
そして、なかなか強気なお値段設定な気がする。

BEAMS JAPANは、草間彌生の顔ピンバッチとか
個人的にツボなものを販売していてくすぐられる。

2019.06.03 Note ワッカ原生花園

 北見市常呂町のワッカ原生花園は
約20キロにわたって続く砂州に300種以上の草花が咲く
自然のままの草原群落です。

「ワッカ」という言葉はアイヌ語で「水」を差す言葉です。

常呂町郷土研究同好会『常呂町の遺跡と遺物』 によれば、
ワッカ原生花園周辺は湧き水が出たことから
古代の集落が形成されたそうなのですが、
何時代なのかメモするのを忘れてしまいました。

<追記>北海道教育委員会 「北の遺跡案内」で確認しました。
名 称 ワッカ(ST-26)遺跡
所在地 北見市常呂町字栄浦(国有林)
種 別 集落跡
時 代 縄文(前期)
立 地 サロマ湖に面した低位台地
標 高 2~4 m
出土遺物 土器
ワッカの森で見つかった遺跡は縄文時代のものだそうです。

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オホーツク海とサロマ湖という塩水に囲まれた地でありながら
真水が湧き出すことの奇跡、
そして、その水が甘く花のような香りがするという不思議さに
自然の素晴らしさを感じます。

湧き水は、今でもワッカ原生花園内の
龍宮街道と名付けられた道の終点にあり「ワッカの水」と名付けられています。
毎年、水質調査を行っており水質良好な湧き水なんですが、
わたくし免疫力が弱いので真水を飲むことに抵抗があって飲んでいません。
ですが、かなり元気な時に一度だけでも味わってみようと決めています。
花のような香りというのが気になって。

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こちらの写真は原生花園内にいましたアカスジカメムシ。
一緒に植物観察をした(写真は別日に撮影)先輩たちから
コンサドーレカメムシと呼ばれていました。 まさにまさに。

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写真は夏羽のオオジュリン(オス)でしょうか?
道外から野鳥の撮影に来ている方がたくさんいらっしゃいました。

一日中、植物と野鳥を撮っていられる場所ですが
これだけ自然豊かな場所ですから、クマもご来訪されるので
ひとりで撮影にいくことに最近ちょっと腰が引けておりました。
美しい場所なので、また頑張って行きましょう。

写真は2016年に撮影したワッカ原生花園。

【参考サイト】
青空文庫 知里真志保 「日本語とアイヌ語の関係 マタギという言葉の存在について」
北見市 公式サイト
ところ街づくり合同会社 ワッカ原生花園
コトバンク 原生花園

【参考文献】
常呂町郷土研究同好会 『常呂町の遺跡と遺物』 (ところ文庫, 7, 27) 1991.03

♯ワッカ原生花園 ♯湧き水

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