Mie Hayamizu photography

写真 と 造形研究ノート 
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787

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 コミュニティ放送「FMあばしり」(周波数78.7 MHz) 2月1日開局。

https://www.lia-abashiri.com/


リスラジというアプリを利用すれば
全国どこでも聴けるようになるようです。

コミュニティーFMの最も重要な役割は、
災害時に地域のライフラインや状況を正確に伝えることだと
聞いたことがあります。

写真はフラワーガーデン「はな・てんと」。
夏の間、電波の送信所がある天都山の山頂付近では
フラワーガーデン「はな・てんと」として花で彩られています。

♯夏の天都山 ♯はな・てんと ♯787 ♯LIA

大学古本募金

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 大学古本募金を使って武蔵野美術大学に募金をしました。
バリューブックスは買いたたくなどネットには書かれていたので
正直どうなるかと思っていましたが、
美術と図書館学の専門書140冊で1万円になり、ほっとしました。
微々たる額でも卒論で使った本たちで、母校に恩返しできて良かったです。

https://www.furuhon-bokin.jp/

それにしても専門的な美術書が図書館になくて
古本で買っていたとはいえ、140冊もあったことには驚きました。
入学当時は貯金があったとはいえ、よく生活出来ていたなと思います。

わたしの古々本も、必要としてくれる誰かに活用して貰えたら嬉しいです。

写真は原生牧場のヤギ。 紙の話だから。

2019.01.16 Note

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 司馬遼太郎は紀行文『街道をゆく オホーツク街道』のなかで、
モヨロ貝塚の発見者である米村喜男衛のことを、
トロイ遺跡を発見したギリシア考古学の父シュリーマンに例えて
「日本のシュリーマン」と讃えています。

米村先生はモヨロ貝塚発見だけでなく、
このまちに多くの偉業を残しています。

写真は『モヨロ貝塚資料集』より。
御親族から本を譲って頂いたので、扉の写真を使わせていただきました。
感激です。ありがとうございます。

【参考文献】
司馬遼太郎 『オホーツク街道―街道をゆく〈38〉』 1997.01.01 朝日文芸文庫
エルヴェ デュシエーヌ , 青柳 正規 『シュリーマン・黄金発掘の夢 』「知の再発見」双書 創元社 1998.06.10
米村喜男衛 『モヨロ貝塚資料集』 網走郷土博物館 1950

♯日本のシュリーマン ♯米村喜男衛

2019.01.12 Note

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 『北海道先史学十二講』を読みました。
執筆者は、駒井和愛、知里真志保、児玉作左衛門、
高倉新一郎、原田淑人(敬称略)といった錚々たる顔ぶれ。

同著の中で、関野雄氏は、ともすれば今でも邪道と言われてしまう
考古学を美術や美学の視点で見るという行為について書いています。
日本の考古学を牽引する方が、考古学における美学の知識を軽んじず
植物学・動物学と同じように扱ってはどうかという提言を、
本の中にしっかりと残して下さっていました。

美術・芸術の原点とは何かを教えて頂けるような一冊でした。

写真は能取岬。

【参考文献】
米村喜男衛(編) 『北海道先史学十二講』 北方書院 1949

♯読書 ♯能取岬

2019.01.11 Books

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金子きみ『雪と風と青い天』を読む。
1967年に書かれた中川イセ氏の半生。
古い本ですが、するするとテンポよく読み終えられます。

本のモデルであるイセさんの生い立ちや
網走市議であることを知ったのは、
高校生くらいの時だったと記憶しています。

子どもの頃は中川稲荷を「イセさんの神社」と呼んで、
友だちと自分たちの庭のように良く遊びに行ってました。
夏祭りにはカラオケ大会や、ちびっこ相撲があって
帰りにイセさんが山形名物玉こんにゃくを1串くれるのでした。
お醤油が染みしみで美味しかった。

現在、中川稲荷は網走護国神社の敷地に移築されていますが、
移築前の、天都山の麓にポツンと建つ赤い小さな鳥居に砂利の参道、
小さな祠、纏う空気も含めて好きな場所でしたので、
あの風景を写真に残しておけばよかったなと思い
アルバムを開いて探してみたところ鳥居だけ見つけられました。

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写真(右端)は約37年前、移築前の中川稲荷の鳥居。
撮影は幼馴染のお父さん。懐かしいです。

【ご紹介した本】

金子きみ 『雪と風と青い天』 太平出版 1967

♯中川イセ ♯思い出の日記でもある

2019.01.08 Note

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 司馬遼太郎の紀行文『街道をゆく オホーツク街道』で、
司馬は、モヨロ貝塚から発掘された牙製婦人像を
「モヨロのヴィーナス」と名付けて紹介し、その姿を
“かすかに頭を垂れているのは慈悲をあらわしている”
“明治の西洋画の中の女のようにしずか”
“自然なエロスを感じさせる”
と、まるで美術品でも眺めるような言葉で表現しています。
婦人像の造形的な魅力に惹きつけられた司馬の言葉は
それまでの考古学ファンだけではない人々をも
北のロマンへと導いてきたことでしょう。

写真は天都山から眺める網走湖。

【参考文献】
司馬遼太郎 『オホーツク街道―街道をゆく〈38〉』 1997.01.01 朝日文芸文庫

♯牙製婦人像 ♯司馬遼太郎

2019.01.07 Note

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 「現代社会において先史・縄文の研究が必要な理由を述べよ」
と言われたらパッと答えることが出来るかな?と考えてしまいました。

私が好きなのは、考古学ではなく文化人類学になります。土は掘りません。
考古学は、文献史料に頼らず、古代文化を発掘によって見つけだし、
その物証から事実を導いていくという純粋な学問だと思っています。

その考古学の力で発掘された資料を基に、生活様式や思想を推察し、
文献や対話から答えを導いていくのが
私が好む文化人類学のひとつの方法です。
古代と現代社会と比較しながら、人間の多様性・普遍性を知ることで
人間とは何か、文化とは何かを考える学問になります。

文化人類学としての古代研究が現代の役に立つとしたら、
異文化の人々を理解する一助に成りうるところでしょうか。
みんなちがって、みんないい とでもいいますか。

こういう考え方を何といっていいのかわからず調べたところ、
“文化相対主義”というのだそうです。知らなかった。
哲学者ヘルダーの本はムサビ在学中に読みましたが・・・忘れてます。
何でも光の速さで忘れてしまうんです、私の海馬。

写真は東京大学文学部常呂資料陳列館。
土器と古い建物(1967年竣工)好きにはたまらない場所ですが
冬に行くと凍えます。

【参考文献】
『ヘルダー,ゲーテ』 世界の名著〈38〉 1979年10月 中公バックス

【参考サイト】
「東京大学常呂実習施設・常呂資料陳列館 - 東京大学文学部」
「コトバンク」 文化相対主義
「コトバンク」 考古学
「コトバンク」 文化人類学

♯文化相対主義 ♯文化人類学

2019.01.01 Information


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 新年あけましておめでとうございます。
本年も何卒よろしくお願い申し上げます

写真は網走の冬。
“ 銀の滴降る降るまわりに,金の滴降る降るまわりに.”

【参考文献】
知里幸恵『アイヌ神謡集』P11 1978.08.16 岩波書店

♯新年のご挨拶 ♯美しい詩 ♯網走 

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