Mie Hayamizu photography

写真 と 造形研究ノート 
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【このサイトについて】

・サイトをはじめたきっかけ

執筆中

・造形研究ノートとは何か

このブログに書いているnoteは、
写真を撮るときに疑問に感じていた
美って何?について卒論(2016年度)として
調べたときの備忘録的なものです。

当時、気づかなかったことを
調べなおして書いたものも追加してます。

卒論でいうところの
序文から本文に入った程度までしか
まだ書けていないんですけれど、
ある程度最後まで書き終えたら
柳宗悦さんの考え方が
自分が思う「美」の概念に近いようなので
詳しく調べてみたいなあと思っています。

美の根元を調べるために古代まで遡り
オホーツク文化や古代信仰のことを書いたので、
写真から外れて見えてるかもしれませんが
美とは何かを調べるきっかけになったのは写真で、
調べたことは写真に還元するための学びです。

【写真を撮るようになった理由】

・なぜ写真を撮るようになったのか

フォトグラファーとして写真を撮りはじめて15年以上が過ぎました。
写真をはじめたのは、友人や家族といった身近な人たちの
幸せそうな姿を見るのが好きで、目の前にあるこの光景を
記憶のように残せたらいいのになという思いからです。

それから、

わたしは親が自営業をしていおりまして、
子どもの頃から何かに成功すれば親の七光りだと
揶揄されてしまうような環境にありました。
なので、誰が見ても親とは何も関係のないとわかる世界で
自分の力だけで名をあげたいという思いも心の奥底に持っていました。

優しい気持ち と 強い気持ち のふたつを心に持って
写真と向きあってきました。

・いつ頃から写真を撮りはじめたのか

自分の意思で撮影を始めたのは小学6年生頃です。
ゴールデンウィークを利用して家族で行った愛知県の博物館明治村。
教会のステンドグラスを通して色とりどりの光が足元に落ちてきて
その美しさに感動しカメラのシャッターを切ったことを覚えています。
使い捨てカメラを使用しての出来事でした。

・はじめて使用したカメラは何

中学の制服を買うと おまけ として
35mmフィルムを使用するポケットカメラが貰えたんです。
もう手元にはないので機種を覚えていないのですが
ミノルタ AUTOPAK 430Eをチープにしたような横長のカメラでした。
そのカメラが自分のファーストカメラです。
小学校の卒業式に友人の写真を撮りました。

写真にハマりだしたのが高校3年生の頃。
女子高生カメラマンのHIROMIXブームが起きた頃です。
使い捨てカメラを使用して同級生たちを撮ってました。
作品と呼べるようなものではなく、日常のスナップです。

その後、短大に入学してからも
使い捨てカメラで友人のスナップを撮る日々は続きました。
わたしは札幌大学の文化学科という
フィールドワークの多い学科に在籍していましたので、
訪れた町の景色や、記録として遺跡の写真を残すことが
しごく当然の行為になっていました。

ある時、フィールドワークに使い捨てカメラを何個も持っていくよりも
カメラを一台かってフィルムだけ持ち歩けば荷物が減ると気づき、
新しい写真システムのAPS(アドバンストフォトシステム)に対応した
キャノンのIXYというカメラを購入しました。

当時、世界最小のオートフォーカス全自動ズームコンパクトカメラは
小さく軽く持ち運びやすく、APSのおかげでフォルム管理も楽でした。
それまで以上に写真が好きになりました。

写真の魅力に気づかせてくれた
IXYとの出会いはとても大きかったです。


・学生時代に撮っていた写真はどういうものか

学生時代は主に友人を撮っていました。
IXYという使い捨てカメラよりも描写力の高いカメラに出会って以降は
友人をモデルにしてファッション雑誌のように撮るようになりました。
当時、ZipperやSmartといった雑誌の写真にオシャレさを感じていました。
作品感のある写真を撮り始めたのはこの頃です。

時期を同じくして、大学でTAとしてパソコン操作を教えていた先輩から
画像の加工ソフトと操作方法を教わったことをきっかけにして、
フォトコラージュ作りをして遊ぶようになりました。
当時はデジタルカメラがなかったので
スキャナーをつかって写真を取り込みました。

・フォトグラファーを名乗りはじめたきっかけ

わたしは19歳頃からサイトを立ち上げています。
そのサイトと写真が繋がるのは
無印良品のデジタルトイカメラを買ったところからです。
ホルガがロモといったトイカメラがブームになっていた頃に
発売されたプラスティックレンズのデジカメです。

画質の粗さと、ピンの合わないゆるい写りが面白くて、
その写真を写真素材としてサイトで提供したところ
たくさんの方が訪問してくれるようになりました。
名もない私の写真を必要としてくれる人がこんなにいるんだ
と驚いたことを覚えています。
そこから1年ほど写真素材屋を続けました。

そんな時に、4プラという札幌のファッションビルで
アート作品を募集していたことがありまして、
それは、入賞するとお店のショップカードになるというもので
ファッションが好きだったということもあり、
思い切ってはじめてコンテストというものに応募してみました。

クリスマスがテーマでしたので、親友の女の子にモデルをしてもらい
そこに画像ソフトをつかって雪を降らせた写真として仕上げました。
その写真が入賞して、写真がショップカードになったのを見た時、
自分の撮った写真が社会の役に立てることに嬉びを感じました。

その後、挑戦したフォトコンテストのすべてに入賞したことで
自分の写真に自信が持てるようになり、
広告や紙面で使ってもらえる写真を撮ろうと決意し
写真の素材屋を辞めて、自らをフォトグラファーと名乗るようになりました。

・写真で仕事の依頼がくるようになったきかっけ

フォトグラファーを名乗りはじめた頃は
ポストカードの委託販売が圧倒的に多かったです。
それでもポストカードは単価が150円と安いですから
1か月の売り上げが3千円ほどしかなかったのですが、
無名の自分が作品を世に出すことが出来る貴重な機会でした。
あとは、コンテストに挑戦して経験をつんでいきました。

わたしは社交的な性格ではないですが、
積極的にアーティストが集まるパーティーに出たり、
個展のオープニングパーティーに顔をだすことで人脈づくりをしました。
少しずつ顔見知りが増えてきたところで個展を開くことにしました。
そして、何度か個展を開いているうちに会場で写真を見てくださった方から
仕事として撮影をしてほしいと声がかかるようになりました。

・フィルムとデジタル

写真としてはフィルムの質感のほうが圧倒的に好きなのですが、
気に入っていたSolarisというフィルムが廃盤になったことと
仕事で撮影を頼まれる機会が多いことから、
デジタルカメラでの撮影が主になりました。

・起業について

わたしは、現在、稼業を引き継ぎ本業としておりますので
個人事業主になることができません。
ですので、大きなお金が動く仕事はしないようにしています。
有償ボランティア価格での撮影はしております。

網走という小さな田舎町に住んでいるフォトグラファーですが、
企業からメールで撮影依頼を戴くことがあるんです。
具体的には総合スーパの店舗内ポスターやカフェメニューの物撮りです。
とてもありがたいお話なのですが、
わたしの撮る写真は基本的に自然光でカメラ手持ちです。
ゆるい雰囲気を好きといってくださるならば嬉しいのですが、
写真館のような写真を望まれる場合は
責任を持って撮れないので金額に関係なくお断りしています。

若い頃は写真事務所を開きたかったのですが、現在は未定です。
商業ベースで撮影する写真は好きになれなかったからです。
とてもワガママですが、自分が心地よいと感じる瞬間や
心が動くものに正直になって、撮影をしていきたいと思っています。

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